二種類

『痛みには二つある。失敗の痛みと

後悔の痛みだ』という本で見た文節が何時間も

グルグル頭を駆け巡る…

フラメンコは唄だと思うというか唄。

ここ数十年不思議と唄と噛み合ってきた事が

奇跡に感じる。

安全パイをいこうか最後の最後まで考慮した。

『ライブとテアトロで踊れるものが違う』と

いうものも理解してる。

ライブは踊る数時間前に顔を合わせ

一回のエンサージョで本番を迎える。

テアトロは何回も何回もエンサージョを

重ね 理解した上で本番を迎える。

でも、私にとってライブはパフォーマンス

な場にはしないという気持ちも揺るがない。

それは新しい曲を次々と勉強したい気持ちが

何より勝る。

タラントやシギリージャみたいに

人によって歌い方や数も異なる事が

多い曲は失敗を重ねる事でしか

踊れるようにはならない曲。

それと同様、まだ身体に入りたての曲は失敗を

重ねる事でしか学べない。

恥をかく事から逃げないこと。

踊り慣れていない曲をライブで踊るには

色々な意味で覚悟がいる。

エンサージョと全然違う唄がきたり

のばしたり落ちたりする場所が変わると

やっぱり難しい。エンサージョを客席から

観ていて 表面的に感じる事が

実際やってみると こんなにも難しい。

やっぱりフラメンコは難しい、進めば進む

程に難しい。

けど、やっぱり後悔の痛みより 失敗の

痛みを選択し続ける、やらなかった後悔は

いつまでも引っ張る。どちらも痛い。

ただ後者には成長できる点がある。

この一年本格的に学ぶ時期に入る。

昨日 ある方にお声をかけていただいた一言。

『いいアーティストと共演しなさい』

その意味を沢山学んだ。

そしてエミリオ、ヘススが掛けてくれた一言。

学ぶ事をやめたら人は終わり。

ライブは私にとって勉強の場。

沢山勉強した、痛みは当分残るけど

いつまでも引っ張る痛みではない。

痛みなしに成長はないと理解してる。

みんな、ありがとう。